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  • 08月
  • 11
  • 2007

あの『バンド・エイド』の作曲とプロデュース担当した人がいたバンドです/ウルトラヴォックス

 ウルトラヴォックス(Ultravox)といえば、クリスマスに成ると必ず流れるバンドエイド(Band Aid)の「Do They Know It's Christmas?」を作曲(&ボブ・ゲルドフ)&プロデュース(&トレバー・ホーン)したミッジ・ユーロ(Midge Ure)がメンバーのバンドという印象が、個人的には強い。(当時はUSチャート中心に音楽を聞いていた為、はっきり言って良く知らなかったが...)しかし、このウルトラヴォックスは当時ボーカルで中心人物であったジョン・フォックス(John Foxx)らが、1975年にロンドンで結成がスタート。(当時のバンド名は、Ultravox!)しかもジョンがいたサードサルバム「Systems of Romance」(1978年)までは、音楽的にジャーマン・ニューウェーブやテクノの影響を受けたサウンドだった。(しかも1〜3アルバムは、ブライアン・イーノ、スティーヴ・リリーホワイト、コニー・プランクらの大物にプロデュース!)だが、中心人物であったジョンはソロ活動の為に脱退してしまう。その後、バンドメンバーのビリー・カーリー(Billy Currie )がVisageのプロジェクトに参加していた時に知り合った、ミッジ・ユーロ(一時的に、Thin Lizzyでプレイしていたこともある)が、ジョンの代わりにウルトラヴォックスに参加することとなった。そしてミッジが参加して新たなバンドとなった初めてのアルバム『Vienna』からリリースされたサードシングル「Vienna」が、1981年に2位となる大ヒットを記録。新生ウルトラボックスは幸先の良いスタートを切る事に成功した。
 この曲は、通算7枚目のアルバム(ミッジが参加してからは4作目)で、初の単独セルフプロデュースとなる『Lament」(1984年発表)からのリードシングルとしてリリースされ、UKで3位となり大ヒットを記録した。(彼らにとって最後のトップ10ヒット曲となってしまうが...)サウンドも今迄のシンセポップスからよりロック色が強いサウンドへと変化していった。
だが、皮肉にもこの活躍によりバンドのフロントマンであったミッジもソロ活動へ転向。彼がバンドを去ったことにより、1987年に活動中止を余儀なくされてしまう。
 その後、唯一のオリジナルメンバーであるビリーを中心として活動を再開して、3枚のアルバムを発表したのだが、残念ながら以前の様な活躍は出来ていない。

「NOW3」-5.Dancing With Tears In My Eyes
〔邦題:ダンシング・ウィズ・ティアーズ / Ultravox (ウルトラヴォックス)〕

データー
Released:1984
chart(UK):1984.Mar.-3位
Genre:Electronic
Style:Synth-pop
Producer - Ultravox


○ダンシング・ウィズ・ティアーズ|ウルトラヴォックス

LamentLament
Ultravox

曲名リスト
1. White China
2. One Small Day
3. Dancing With Tears in My Eyes
4. Lament
5. Man of Two Worlds
6. Heart of the Country
7. When the Time Comes
8. Friend I Call Desire

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