アイリッシュ音楽

CCE主催のパーティへ

翌朝もバハーさんと家を出ました。
何故なら、彼の通う語学学校のアクティビティとして行なわれるケリーダンスのパーティに部外者の私も参加させてもらえるかどうか、お伺いする為でした。
語学学校の生徒じゃないからと、その時は断られましたが、数時間後には参加可能になりました!

初めてアイルランドで鉄道に乗り、シーポイント駅へ。
その日のパーティーは、本場CCEが主催するダンス&セッションパーティーでした。
本や資料等でしか知らなかった、本物のパーティ。
ダンスマスターが仕切る中、生演奏に合わせ、慣れた様子の人々のセットダンスが続きます。
隣の部屋では、セッション大会。
楽器を奏でる人もいれば、おしゃべりの合間に耳を傾けている人、ギネスビールを片手にじっくり聴き入っている人、それぞれの楽しみ方をしていました。

私は、2つの部屋を行ったり来たりしながら、雰囲気を充分に楽しみました。
ダンスの部屋ではステップダンスも始まり、その見事な足さばきに見とれていました。
22:00に始まったこのパーティ、24:00を過ぎた頃に終了の合図が。
たった2時間しか過ぎていないなんて、、、、不思議なくらい時間が止まっていました。
帰り道は、バハーさんの語学学校がタクシーを用意してくれました。
思いがけず貴重な体験をすることが出来、バハーさんに感謝なのでした!

ツーリスト・インフォメーションには、情報がいっぱい!

翌朝、バハーさんと家を出ました。
彼は、自分の英語学校の前でバスを降り、そこからは私一人になりました。
まずは、人通りの少ないグラフトン・ストリートを歩き、ツーリスト・インフォメーションへ。
そこで、リバーダンスのチラシを発見!
小躍りしながら(笑)受付でチケットの購入を申し出ると、直接劇場へ行った方が良い席があると言われ、ガイエッティー・シアターへ。
なんと、初日のチケットが取れました。
また、ツーリスト・インフォメーションに行き、今度はアイリッシュダンスのコンペティション情報を入手しました。
そして、ウォルトンズ・ミュージック・スクールへチラシを頼りに向かいました。
飛び入りでしたが、その日バウロンのレッスンをたっぷり受ける事が出来ました。
日本のパブに出演していた時は、見よう見まねでやっていたのですが、基礎からしっかり手直ししてもらい、大収穫でした。
ダブリンは、首都だけあって情報が沢山集まっているので、何とかなる様な気分になりました。
通りを歩いていて、ジロジロ見られないのも気が楽でした。

ダブリンへ

ゴールウェイからバスで移動し、いよいよ首都ダブリンへ。
やはり都会なだけに車の渋滞がひどく、予定より40分遅れて到着しました。
バスセンターでは、ステイ先のお母さんが首を長くして待っていてくれました。
車でステイ先へ、途中お母さんの妹の家にも立ち寄りました。
車からの眺めは、これまでとは全然違って、人・車・建物で一杯。
文明の香りはするんだけれど、のんびりと広がる景色が見れなくて、ちょっぴり寂しい。
ステイ先では、娘さんの部屋を使う様にと言われました。
いつもホームステイの人に貸す部屋は、別の人が使っているからだとか。
「別の人?」、、、、、それは、エジプトからの語学留学生47歳のバハーさんでした。
3人の女の子のお父さんは、エジプトで英会話教室を始めたくて勉強に来ていました。
人懐っこいバハーさんは、とても辿々しい英語で色んな事を教えてくれました。(英会話の先生への道は、まだまだ遠い、、、、)
これまでは、市街地に行くにもバスに乗るにも、全部自分で解明しなくてはならず苦労しましたが、このダブリンではその心配はなさそうで、とても安心しました。
翌日は一緒に市街地へ連れて行ってくれる事になりました。
リマリックもゴールウェイも、何とか徒歩で頑張りましたが、さすがにここは距離がありすぎてバス以外では移動出来そうにありませんでした。
夕食後、部屋の窓から見える夕焼けがとてもとても美しく、毎日の楽しみとなりました。

バスツアーに参加して

まずは、石灰岩の丘陵がどこまでも続いているバレン高原へ。
「バレン」とは、ゲール語で石の多い場所という意味なんだそうです。
そこには、どうやって積み上げたのか不思議なくらい大きな大きな石のテーブルがありました。
同じ日にモハーの断崖へ。
ドン・エンガスと同じ様な断崖があって、そこでも寝転んで海を覗き込みました。
お天気が良かったせいか、どこまでも蒼い波のしぶきを見ることが出来ました。
道沿いに沢山のストリートミュージシャンがいて、聴き応えがありました。
その演奏を聴きながら岩の上に座り、大西洋から吹き付ける風の中、またもやステイ先のお母さんが作ってくれたサンドウィッチをのんびり食べました。

別の日に、コネマラ国立公園へ。
途中でコネマラマーブルの工場に立ち寄り、お買い物。
様々なアクセサリーや原石が売っていて、私はその中から2ユーロで小さな原石を1つ買いました。
一口にグリーンと言っても、くすんだ色、日に照らされた様な鮮やかな色、マーブルの出方など本当に色んなものがあって、かなり迷いました。
それから、カイルモア修道院へ。
霧雨が降り出して、ちょっと憂鬱な気分で向かいましたが、それが逆に神秘的な風景を作り出し、素敵な古城の様でした。
そして、その風景が建物の前の湖上にも映り、それはもう美しく、幻想的な眺めでした。
私は建物の中に入らずに、集合時間までの1時間余り、ずっとその姿を眺めていました。
自然と建物が作り出したその風景に偶然立ち会えて、幸せでした。

パブへ

ゴールウェイに来て3日目、初めての青空と太陽。
形を変えながら流れて行く沢山の雲がとても綺麗。
雲の隙間から陽が私の方に向かってまっすぐに差してきて、神様に祝福されているみたいで嬉しくなりました。

街のバブでライブがあると聞き、お店に向かいました。
ちょっぴり怖くてなかなかドアが開けられませんでした。
しばらくお店の前を行ったり来たり、、、、。
丁度その時、お店のドアが開いて、演奏している音楽が聞こえてきました。
その音楽に引き寄せられる様に店内に入りました。
中は、すごい人の数。私はカウンターと壁との間に隙間を見つけ、滑り込みました。
6人のミュージシャンがテーブルを囲み、それぞれの楽器を演奏していました。
そして、お客さんは足を踏み鳴らしリズムを刻んでいました。
意外にも店内の雰囲気は、日本で出演していたアイリッシュパブとそっくりで、皆ギネスを片手に思い思いの格好で楽しんでいました。
私はその頃バウロンが上手くなりたいなぁと思っていたので、そのミュージシャンの手元ばかり見ていました。
アイルランドのパブで地元のミュージシャンによる演奏、当たり前だけど、ごく自然に気負わず穏やかで楽しいライブでした。
30分位演奏が続いて、休憩になりました。
夕食の時間に間に合わないのでお店を出ましたが、結局ドリンクも注文せずタダ聴きしてしまいました、、、、、、。

イニシュモア島

フェリー乗り場まで、バスで移動。
車窓から白馬が草を食べているのを間近に見かけ、ドキっとしました。
真っ白くて凛々しい馬に、これから訪れる場所が特別な場所になる予感がしました。

ロッサヴィール港からフェリーに乗って、いよいよ西の果てへ。
イニシュモア島に到着すると、ミニバスツアーの車が沢山並んでいました。
ドン・エンガスまではとても歩いて行ける距離ではないと知り、私もバスツアーに参加しました。
同乗した2人組のスペイン人の女性と仲良くなりました。
バスは、海岸沿いを走り、コネマラ方面が見える海岸で降りたり、古い教会や瓦葺き屋根のお家を見学しながら、ドン・エンガスへと向かいました。

ビジターセンターの前で、ミニバスツアーの運転手さんに集合時間を言われ、解散・自由時間になりました。
ビジターセンタからドン・エンガスまで歩いて約20分。
しばらくは草木が生い茂っているのですが、急に目の前が開け、ただひたすら石灰岩の地面が広がっていました。
黙々と歩いて、ドン・エンガスに到着。
ひと言で言うと、何も無い場所。
石以外に何も無い、、、、そんな感じでした。
強い風が吹き付ける断崖は、転落防止の柵など何もなく、かなり危険でした。
でも、ガイドブックで見た様に、海面から約90mの高さもある断崖に寝転んで海を覗き込みましたけど、、、、。
ここに建てられた古代要塞に座って、ステイ先のお母さんが作ってくれたランチのサンドウィッチを食べました。
強風に吹かれながら、どこまでも続くどんより曇った空を眺めて、集合時間ギリギリまで時間を過ごしました。
「果てしなく何も無い」世界は、頼りなくもあり、清々しくもあり、逞しくないと生きていけない、そんな場所でした。
この世界を表現した音楽に、改めて魅力を感じ、愛おしくなりました。
何も無いからこそ、また行ってみたいと思える場所でした。

ゴールウェイへ

バスに乗ってゴールウェイへ。
すみれ色のトレーナーを着た華奢な女性が、私を待っていてくれました。
ここは海が近く港町なので、リマリックにはない活気がありました。
風にのって潮の香りがしていました。
夕食後、お母さんに「疲れた顔をしてる」と言われてドキッ、、、、。
ステイ先から歩いて5分のところにビーチがあって、お母さんはリラックス出来るからと、しきりに勧めてくれました。
夕食後と言っても、まだまだ日が長いので、ぶらりと散歩に行くことにしました。
ゴールウェイや港や海を歌った曲が沢山ありますが、その世界を想像してみました。

アイルランドに来て約1週間、毎日慣れない生活で確かに厳しい顔になっていたと反省。
好きな事を好きな場所でやっているんだから、もっと幸せな顔で良いはずなのに。
「何かしなければいけない、、、」と焦っているのは間違っていると気付かされました。
今をもっと楽しもう。
ビーチで見た空や雲や太陽や海がぐるりと私を包み、「ここにこうしているだけで良いんだよ」と言ってくれている気がしました。

リマリック最終日

充実したリマリックでの1週間が過ぎました。
ロイズン先生のレッスン最終日、教えて頂いた曲を録音しました。
そして日本の曲を教えて欲しいと言われ、♪さくらを先生に教えてあげました。
ちょっと聞いただけなのに、もう日本語で何とか歌えちゃうなんてすごい!
先生と握手をして、アデアの街を後にしました。

その日の夕食は、ベイクドポテトでした。
毎回マッシュポテトがご飯代わりに出てくるので、「芋をおかずにして芋を食べるのか、、、、、、、、」と複雑な心境でした。
「さぁ、どうぞ!」と自慢げな笑顔一杯でお母さんは勧めてくれました。
ところがたまらなく美味しいのです!!!!!!!!
芋の種類? ソース?  何がこんなに美味しくさせているのでしょう。
気が付けば、芋をおかずにして芋を食べてました。
アイルランド人は芋ばっかり食べてると思っている人がいますが、これを食べたら逆に羨ましく思うはずです。
日本のアイリッシュバブでも食べられたらいいのに。

そのお礼として夜のお茶の時間に、ロイズン先生に習った歌をお父さんとお母さんの前で歌いました。
いよいよ明日はゴールウェイです。

Fleadh Nua へ

ある日、ロイズン先生のレッスンの後、今日のこれからの予定は?と聞かれました。
何も無いと答えると、エニスという街で音楽祭をやっているから行くと良いわよと言われました。

リマリックからバスに乗ってエニスへ。
先生から、オールド・グランド・ホテルでやっているシンギングクラブのプログラムがお勧めだと言われました。
てっきり誰かのコンサートかと思って部屋に入ったら、年配の男性と女性がリーダーになって、なんとずっと聴きたかった「シャーン・ノス」の歌会が始まったのでした。
椅子に座って集まっていた人たちは、観客ではなく全員が歌い手だったのです。
私は、目立たない端っこに座ってじっと耳をかたむけていました。
皆、思い思いに立ち上がり、ごく自然に歌い始めました。

アカペラで歌うこのスタイルは、歌い手の声の奥にあるものが味になり、独特の節回しが心地よく、おまけに生活に根付いているので気取った感じが無く、素晴らしい時間に居合わせる事が出来て幸せでした。
♪ラグラン・ロードをゲール語で、♪ウォーター・イズ・ワイドを英語で歌った赤いワンピースを着た10代の女の子が歌った歌が印象に残りました。
外の広場では、アイリッシュダンスのコンテストをやっていました。
3歳〜10歳位までの男の子や女の子が衣装を着て踊っていました。
初めて生で見たので、写真を撮ろうとカメラを構えましたが、人垣がすごくて思う様にいきませんでした。
そんな私を見ていた隣の男性が、さりげなく場所を譲ってくれました。
通りでは5歳くらいの男の子がおもちゃのアコーディオンを持って立っていました。
大人のミュージシャンの真似をしているのでしょうか、足下のバケツの中のコインをしきりに気にしていた様子が可笑しかったです。

アデアの街で

毎回ロイズン先生のレッスンが終わった後、アデアのバス停まで車で送ってもらいました。
でも、そのままバスに乗ってステイ先に帰る様なことはしませんでした。
だって折角「アイルランドで最もかわいい村」に来ているのですから、夕食の時間に間に合うバスの発車時刻まで、気の向くまま街を堪能しました。(最長で5時間!)

バス停そばの公園のベンチに座って、レッスンの復習をたっぷりやった後、歩いて10分くらいの所にあるお城の遺跡を探検したり、原っぱに寝転んで放牧されている牛や雲を眺めていたり、メインストリートから離れた民家のある道をてくてく歩いたり、、、、。
5月の風がとってもさわやかでした。

茅葺き屋根のお家の庭先には、色とりどりの花が咲き乱れていて、まるで童話の中にいる様でした。
景色を写真に収めようとカメラのファインダーを覗くと、どういう訳だかとたんにつまらなくなる、、、。
「えっ?」と思い、ファインダーから目を外すとそこには表情豊かな風景が広がっている、、、。
とても不思議な気分でした。
そうだ、この景色は写真なんかには納まらないのだ、と思いました。

奈加靖子デビューアルバム/Wind Fall

トラッドソングから日本の曲まで、ボーカル、フィルド、アイリッシュハープの最少編成から壮大なオーケストラ風のものまで幅広いサウンド。

デビューアルバム/Wind Fallの詳細はこちら